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注目の著者インタビュー

西島 大介さん

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『All those moments will be lost in time』

2013/12/05

11月8日に『ディエンビエンフー』10巻、JUMP改連載『Young,Alive,in Love』2巻を発売し、漫画家生活10周年を迎えた西島大介さんにインタビュー。
今回は作中で広島との関連が深い『All those moments will be lost in time』を中心に話を伺いました。


●高校生な広島、大人な広島

高校の3年間、多感な時期を広島で過ごしていたので、正直、高校生ぐらいのときは、あまりいい印象はなかったんです。「こんな田舎」とか、「なんにもない、可能性がない」とか、思ってましたね。高校生って、高校と自宅の間にアルパークに寄ったり、お好み焼屋さんに寄ったり程度。そのぐらいしか知っている世界のサイズがない、広がりがないですよね。全然、街のことを知らないんですよ。文句ばっかり言って、「こんな街はダメだ」とか「くだらない奴らばっかりだ」とか、そんな生意気なことばかり考えてました。「東京に行かなきゃダメだ」とか。わかってない奴で、それこそ、狭い世界ですよ。家と学校と、お好み焼屋さんぐらいしかないって、そういう風に思ってましたね。
でも、大人になって戻ってくると、いいところばっかり見つかります。高校生のころの反動かもしれないですけど。文句を言っていたころは、街並みなんて全然知りませんでしたが、今はおいしいケーキ屋さんとか飲み屋さんとかライブハウスとか、素敵な場所もたくさん見つけました。子育てに適しているし、道や電車もそんなに混んでいない……そういった点を大人の視点で見られるので、良いとこばかり見えます。街のサイズ感も暮らしやすいですね。
歳をとったからか、すごく小さな居酒屋とか、行ったことのない飲み屋さんとか、子どものころは知らなかった場所に行ってます。流川や、横川なんて高校生のころは行きませんよね。
 東京だと、都心で酔いつぶれて吉祥寺まで帰ろうとタクシーを捕まえると何万円もかかっちゃうんです。広島の街中で酔いつぶれて、家までタクシーに乗っても、2000〜3000円ぐらいで帰れるし。便利だなぁ、いくらでも酔いつぶれることができるぞ! なんてね。 
 真面目な話をすると、広島って平和都市でしょ。だから、社会問題として常に平和について考えざるを得ない、そういうシリアス感も好きですね。と同時に、宮島とか原爆ドームとか、世界的な観光地として機能している部分もあって、リラックスできるんですよね。でも、子どものころは、世の中の諸問題に対して考えざるを得ない環境、平和教育とか幼いころからそういうことを半ば強制的にさせられるのは嫌なんだよって思っていました。大人になって戻ってくると、適度な社会意識性みたいなものがあっていいなぁと思います。
歓楽街やファッション通り、ほかにももっと若者が集まる場所……。街がギュッと縮まっていて、電車でどこにでも行けるし、平地だし、過ごしやすいなぁ、いい街だなぁ、ってことは改めて実感しています。



●広島に故郷を作る

子どものころ、各地を転々としていたのは、父が転勤族のサラリーマンでしたので親の事情です。それこそ、2年、3年おきぐらいに引っ越しばかりしていましたね。そうなると、ここが地元だっていう地元意識がなくなるんですよね。東京生まれなんだけれど、東京でずっと育っているわけじゃないから、周りの人をずっと知っているわけじゃないし、広島に実家があるけれど、広島には幼稚園と高校のころに住んだだけ。それ以外の千葉や島根、横浜とかいろんなところに住んでいるので、どこが故郷かわからない。方言も昔はしゃべれたんだけれど、だんだん出てこなくなったり。引っ越しって小学生には辛い経験なんですけど、引っ越すことに慣れちゃって、だんだん涙も出てこなくなっちゃいましたね。
さまよい人のような感じになっていたので、今は家族もいますし「ちゃんと広島で暮らすぞ!」という気持ちです。

そんなわけで、いまは大人の目線で広島の各地や、お店を開拓しているんです。漫画家は夜、大体家にいるんですけど、僕はお酒もほどほどに好きで昼間っから飲めるところ……福島町あたりのホルモン天ぷら屋に凝りまくっています。「こんな食べ物あるんだ、お好み焼よりもディープだ!」って、それは子どもの目線では知ることができないものですよね。こんな食べ物知らなかったんでよく行くんですよ。「ホルモン天ぷら、うまいうまい」って、担当の編集さんも誘ってね。そんな話をしていたら「恋するホルモン天ぷら」ってタイトルで企画が通りました。まだ載るかどうかはわからないけど。
大人になって戻ってきて知った、新しく発見した広島らしさみたいなものを作品化できたらうれしいですね。


●今作は広島開催の日本SF大会がきっかけ

今回の作品は、家族エッセイみたいに読める作品だと思うんですが、そもそも描く気はなかったんですね。僕が広島に引っ越してきたのが2011年で、たまたま2012年に広島で第52回日本SF大会というイベントが開催されたんです。日本中のSF好きが集まる文学フェスみたいなものです。
僕は『凹村戦争』って作品で《ハヤカワSFシリーズ Jコレクション》からデビューしたので、もともとSF出身なんですね。でも、他の出版社でも描くようになって、SFからはちょっと遠ざかってたんです。
だけど、広島で暮らし始めてSF大会が広島で開かれることになり、主催者の方から「ぜひ参加してください」ってお誘いをいただいたんです。そのころ、S-Fマガジン(早川書房)であまり仕事をしていなかったので、SF大会にゲストで呼ばれるわりにはSFに関わらなさ過ぎていると思って、「じゃあ、何かしなきゃ」というところからスタートしてるんです。SF大会が始まるまで「こんな感じで暮らしています」みたいなエッセイを書こうか、と。
SF物語を描こうとか、宇宙人が出てくる話を書こう、という風にはならなくて。広島に引っ越して今こっちで暮らしているということはどういうことなのか、ということを担当さんとも話し、S-FマガジンっていうSFについて語るべき場所なのに、日常の事を描いてしまったという現象が起きちゃいました。
一番最初の作品だけ読み切り短編なんですけど、書いた後で「連載化しましょう」と言われて、全然本にするつもりもなかったんですけど、「これは本にしていきましょう」という方向になって、最後にエピソードを描き加えてまとめた内容です。全然SFじゃないと思いますよ。


●SFの中に日常!? つらい日常の中にSF

SFのことを久しく忘れていたんです。「ディエンビエンフー」とか「世界の終わりの魔法使い」とか戦争ものやファンタジー作品を描いていたので。
現実を見直すことによってSF的な感覚を取り戻したというか、SF的な想像力によって、ある種、現実の辛さが軽減される……。フィクションや想像力の役割って、本当はそういうことだったよなぁ、っていうことをちょっとずつ取り戻していったので、そういう過程が描かれているかなぁと思います。ところどころSFっぽいシーンも出てきます。
だからS-Fマガジンってちょっと変わった雑誌に載った、ほのぼの日常エッセイ……ほのぼのもしてないですけど。ちょっと変わった作品だなぁって思います。でも、そういった前提を無視しても「広島での話をエッセイで書きました」とも読めるし、読み方がいろいろあるなと感じています。
今住んでいる場所は、僕が高校のときに暮らしていたときにはなかった場所、山を削って造られた場所なので、「こんなところに家があるんだ」と思って。普通に実家に帰ってきたというよりは、もっと異国感というか違和感がありました。不思議な場所に来たなぁ、って最初は思いましたね。
限りなく本当のこと、実際に起こったことを全部描いているんです。いくつかの日々の中から選んでいるんですが、横川の映画館でバイトを始めた話とか、普通のおもしろエッセイになってしまいそうで、編集部から却下されたのもありましたね。ずーっと悲しい顔して暮らしていたわけじゃなく、楽しいこともいっぱいあるんですけど、悲しげな作品のトーンを保つようにエピソードを拾って漫画に落とし込んでいます。担当編集さんは「この作品がいいと思うのでぜひ描きましょう」って言ってくれたんですけど、ビッグダディでもないので日常を切り取って書くのがおもしろいのか? って感じていました。


●「世の中はもろくできている」

あの震災を通して、僕の作風が変わった部分は明確にあると思います。すごく変わりましたね。今まで僕が描いた作品って絵柄はかわいいんですが、反社会的で「世の中なんてぶっ壊れちゃえ」って、さっきいってた高校生みたいな「もう、つまんない世の中。お前らなんかみんな死んじゃえ。ざまぁみろ」みたいなメッセージのある作品が多かったんですよね。生意気というか。
ですが、震災のときに、「自分が思ってたよりも世の中って壊れやすいし、簡単に大変なことが起きてしまう」と初めて、諦念的な、「日本ってやばいでしょ」ってショックがすごく強くて。僕が思っているよりも、世の中はもろくできている、適当にできている。「世の中なんて適当だ」って散々描いてきたけど、自分が感じてたよりももっと適当にできていたから「それは大変なことだ」と思って。そこはすごく大きく変わったところですね。家族が、子どもがっていう以前に、「世の中はボロボロなんだ」っていうことがすごく分かりました。原発問題や諸々の社会問題って、ずっと前からいろんなことがあるし、調べれば調べるほど興味深いですね。たとえば、健康に暮らすためにオーガニック食品ばっか食べている人が、健康でありたいために精神的に不健康になっちゃうとか。原発に限らず、さまざまな矛盾を世の中ははらんでいるので、それでうまくやっていくしかない、と思いました。その中で、果たして「誠実さ」のようなものはどこにあるのだろうか、というものは考えました。「嘘ばっかりつきやがって」と叩くのは容易ですけど、じゃあ、世の中全部が信じられないとして、果たして何を信じて日々を生きていくべきかとか、そういうことを結果的に考えました。だから、誠実な作品を描きたいな、と思たんです。全部なかったこと、忘れたように描くのではなく、3.11以降を踏まえて、誠実さを持った作品を創り続けていかないとダメだろうなと思ったんです。


●伝えたいことはない、けど何かを感じてもらいたい

今回の作品を使って何かを表現したいとか、メッセージを伝えたいとか、実はそんなに明確にあるわけではないんです。たとえば「若い人たちに読んでもらって、元気になってもらいたい」とか「社会的なメッセージを伝えたい」とか、そういうのは全くなくて、なんでしょうね……。別に「家族っていいな」って伝えたいわけでもないし……、ちょっとわかんないですねぇ。
 タイトルも長いし、わかりにくいと思うんですよね。本当は分かりやすいタイトルで「広島ご当地エッセイだよ」みたいな感じがいいでしょうけど。だけど、広島から見る本とすれば、広島本屋大賞をいただいた「すべてがちょっとずつ優しい世界」、あれがどういう状況で描かれていたかっていうメイキングにもなると思いますし。あと、実際にアルパークとか広島市現代美術館とか、路面電車が走っている通りとか太田川沿いの通りとか、僕が高校生のころ住んでいた西区、そこらへん……平和公園とか広島中心街から若干西寄りの、ご当地の風景とかが出てくるので、分かる人はおもしろいと思います。
 東京の人がこれを読むとまた感覚が違うみたいだし、広島の人が読んでも違うみたいだし、福島の人が読んでもたぶん違うと思うんですよね。僕が東京で考えたこと、広島で考えたこと、広島から東京に戻って考えたこと。いろんなこと、いろんな風に景色や世の中が見えるように、いろんな立場の人が読んでくれれば、それぞれ感想を持っていただけるんじゃないかと思います。
 「こういう人なんです」って別に自分を紹介したわけでもないですからね。普段、家族の話を……妻も子どもも出てくるし、義理の父・母も出てくるし、ご先祖様も出てくる……あんまりそんなに家族の話をすることもないし、他の僕の作品を読んでいる人でも、あまり知らないと思うんですよね。僕自身「今日こんなことありました」って、そういう芸風でもないので。だから、初めてこういう風に素直に「こういうことがあった」、「こういうことを感じました」っていうのを描いたので、それがどういう風に読まれるか、伝わっていくかっていうのは全く想像がつかないんですよね。限りなく自分のことを描いたものが形になって、それをどう読まれるかはわかりませんが、ちょっとでも何かのお役に立てれば……考えるきっかけであったり、読んでリラックスできたりするのであれば、ありがたいなという感じですね。


西島大介さん 
公式サイト:http://www.simasima.jp/
Twitter :@DBP65


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西島 大介さん

著者プロフィール

西島大介

にしじま・だいすけ/1974年10月5日生まれ、東京出身。
親が転勤族で幼稚園のころの2年間と、中学3年から高校3年まで広島に住んだ経験があり、その後は東京や千葉、横浜なども転々。2011年に実家のある広島に移住。

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